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山茶花 2001.12.01.

 「さざんか さざんか 咲いた道〜」と童謡「たきび」で山茶花が落葉の季節に咲く花だということは知っていたのだが、実際に「これが山茶花だ」と実物と相対して向き合うことなく僕は歳を重ねてしまった。
 
  先日(11月28日)、僕の住む糸魚川市と都市交流関係(「カチューシャの唄」知音都市交流)にある島根県那賀郡金城町(かなぎちょう)から、市の木「梅の木」を運搬するため、はるばる830Km離れた金城町から緑化木会社のトラック運転手を含め3名が来市された。

 金城町では町出身の島村抱月生誕地に顕彰の杜を整備し、そこに関係都市それぞれの木を植樹するのだという。僕は都市交流「市民の会」の理事となっているため、その贈呈式に出席し、夜は3名を囲んで飲みニュケーションとなった。金城町からはお返しに町の木「山茶花」を贈るという目録を市に頂戴したのだが、「山茶花」は島村抱月が最も好きだった花だ。これは以前、相馬御風の調査をしていたとき読んだ資料で知った。
 
 以下がその資料。
(抱月の弟子で糸魚川市出身の相馬御風が昭和4年11月頃執筆した随筆の一部)


 庭の山茶花がまだ咲いている。霙の感じに近い冷たい雨に濡れながらいい色の花を咲かせている。
 この山茶花の花の咲いているのを見ると、私はよく東京に住んでいた頃の雑司ケ谷あたりの初冬を思い出す。今はどうか知らぬが、あの頃あのあたりには垣根に山茶花の咲いている家が多かった。よく晴れた初冬の朝、薄紅色の山茶花の散り敷いた垣根沿いの道を歩いて勤めに出たことがふと思い出される。
 しかし、こちら
(糸魚川・北陸地方)では山茶花の咲く頃が最も雨が多い。ここではこの花は冷たい雨に濡れながら咲きかつ散る運命を負わされている。
 だが、いずれにしても山茶花はさびしい花だ。葉の色も、花の色も、かなり鮮やかでありながら、何となくさびしい花だ。
 恩師島村抱月先生はこの花が最も好きであった。私達
(弟子達)は先生のお墓にこの木を沢山植えた。この花は私に亡き先生を思い出させる。
                            (括弧書き)Sonoreが記す


 早稲田の教授時代やその後の芸術座時代の華やかさとは裏腹に、残された抱月の写真はなんともさびしげな目をしていたことを、この御風の文章は思い出させる。
 いずれ金城町から当市に山茶花の木が植樹されると聞いて、どんな花なのかと思いGoogleのイメージ検索で調べてみた。
  まあ、なんと、僕の自宅の樟の木影で毎年紅色の花を咲かせている木ではないか!椿にしては寒い時期に咲くし花びらも一枚ずつ落ちる、何だろうと思ってはいたのだが。

我が家の山茶花

 父にここまでの話をしたら、市内にある相馬御風の墓(相馬家の墓)にも見事な山茶花が植わっているということを教えたくれた。

相馬御風墓所の山茶花

相馬御風の墓(相馬家の墓) 

 この墓は相馬御風存命中に直筆の墓碑銘を揮毫して建てたものだから、この山茶花も御風自らが配したものに違いない。敬愛した恩師への思いが、この山茶花には込められているような気がした。


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